下のタイトルがかなり煽ってる系な記事ですが、教育現場が抱える問題を国際比較で表しているところは面白いなと思ったので、私的考察を付け加えてみましょう。
www.newsweekjapan.jp

教師が世間知らずなのはなぜか?

よく「教師は世間を知らずだ」と言われる。取り上げた記事でも言及されているように、

 教師は「世間知らず」、とよく言われる。大学まで学校で学び、新卒で教員に採用されてからもずっと学校で働くことになれば、確かに学校以外の社会は経験上知らないということになる。
「世間知らず」の日本の教師に進路指導ができるのか | ワールド | 最新記事 | ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイトより

というのは確かに大きな一因になっているのでしょう。

かといって、いくらか教育以外の道のお仕事をしてから教員になる人ばっかりで、大卒からストレートないし準ストレートぐらいで、教員やってる人がいなくなると、教員の年齢層が上にシフトしてしまう。

生徒との年齢が近いからこそできる関わり方ってのはあって、場合によってはどんな技術や経験でもカバーできなことだったりします。だから、若手教員が減っていくというしくみにしてしまっては困るのではないかと思います。

教員に世間を知らしめるために必要なこと

教員対象の社会体験研修で民間企業などに派遣されて、数日間~1年くらいとか企業で働くという取り組みも進められているようです。

が、、、

そんなことで教員が社会を知ればいいですけど、そんな短期間で社会を知ろうなんて、ふざけた話だと斉藤は思います。そんな単純なんでしょうか社会って。

授業時間以外の教員の拘束時間とか多忙感というのと、社会人経験者が教員に占める割合とか、もっと言えば教員が社会を知らない度を調べたらもしかしたらゆるく相関が出るような気がしないでもありません。

結局、若手教員が部活動顧問を暗黙の了解の上に強制的にやらされていることに反旗を翻したりしている最近の動きにも表れている、「教員の多忙感」というのが、教員の世間知らず感を強くしているように感じます。

2枚目の名刺なんて動きがありますが、そういった、本業とは違うところでの世間とのつながりを持てれば、教員だって随分変わる気がします。というか、少なくとも自分は教育業界外の人々ともいろいろと関われていたことで、ちょっとたまには引いて教育業界を見れていた気がしています。

「教育はアートである」


photo by blondinrikard

僕の好きな言葉です。なんかのときに聞いたか読んだ文言です。以下の記事を書いた時も少し触れましたが、工業製品を作るように画一的な部品から画一的な製品を作るのとは違って、一人ひとりに寄り添いながら、一人で社会を歩けるようにする教育という営みを、PDCAサイクルだなんてもので評価するのはいかがなものでしょう。

ということが、うだうだせずにズバット込められたいい文言だと思います。

kitaeng-sub.hateblo.jp

総括!

日本の教育改革っていうと、今できていないことを、教員養成の仕組みとか、研修制度とかでなんとか立て直そうとする傾向が強いと思います。

でも、それは対処療法でしかなくて、どうしてそういう現象が起きているのかっていう、本質的な源を見つめることを忘れてしまっているような気がします。

目の前で起こっている現象は一意かもしれませんが、その背景にあるものは、一意とは限らないのではないでしょうか。対処療法でどうにかなるなら、もうずいぶんと日本の教育は素晴らしいものになっているはずだよ。